平成21年1月9日
南部さんが死去
45代当主 県人初の靖国神社宮司



 南部家第45代当主で靖国神社宮司の南部利昭(なんぷ・としあき)氏が7日午後2時9分、虚血性心不全のため東京都内の病院で死去した。73歳だった。南部氏は同日午前11時50分ころ執務中に意識不明になり、駿河台日本大学病院に搬送されたが亡くなった。

 東京都出身。広告代理店勤務、民間企業役員などを経て04年9月11日に県人では初めて靖国神社宮司に就任した。南部家は東京都内で12日に告別式を営む。同神社は2月10日午後1時から東京九段会館で神社葬を行う。

 1935年生まれ。51年岩手大学付属中、54年学習院高等科、58年学習院大政経学部経済学科を卒業後、電通に入社した。81年に同社を退社したあとは南部恒産社長。江戸千家岩手不白会会長、岩手日英協会会長、県ゴルフ連盟理事長などを務めた。華族出身で戦後はその人柄が人望を集め、本県の各分野で活躍した。

 南部家による通夜と告別式は神式により行う。東京新宿区南元町19の東京信濃町千日谷会堂で、11日午後6時から通夜祭、12日午後1蒔から告別式。喪主は妻の南部節子さん。盛岡でのお別れの会は2月中に開催を検討している。

               桜山神社坂本宮司
             「最後の殿様という感じ」


 盛岡市の桜山神社、坂本広行宮司は「厳しい中にも優しさがありダンディーだつた。昭和10年生まれで10年間は旧華族、大名家の生活を送られ、しつけや立ち居振る舞い、作法を身に付けておられたので殿様の雰囲気があった。おしゃれでハンガリーハットをかぶり、スーツが派手だったが大変よく似合っておられた。宴会に遅れてきても自然に上座に座っていたし、最後の殿様という感じがした。最後に会ったのは10月の南部杯のとき競馬で。年末には体に気を付けるようにという電話があって、そのときは少しお疲れ気味かなと思った」と悼んだ。

 旧盛岡藩士桑田の下山寛理事長は.「上から物を押しつけるのではなく、相手の話をよく聞き適切に考えを話す方だった。思いやりを持って相手の話をよく聞かれた。盛岡に来てそば打ちをしたこともある。家族ぐるみでやつていたら、奥さんがたの人気を皆集めていた。うちにあった古いすずりに古代の文字が書いてあって、誰にも読めなかった。南部さんに見せたら、鶴と亀と龍の字が書いてあるという。さすがに南部さんは違うと思った」としのんだ。
                        「盛岡タイムス」平成21年1月9日

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