一、柏山伊勢守明助之事 |
嗣子なく断絶した葛西旧臣柏山氏 |
千葉介平常胤の後胤、奥州伊澤郡の主。頼朝公より地頭職給るとも足利将軍の時下向共不詳。大森城に住し、永正の頃より衰ひ、江刺家の旗下になり天正十八年没落。浪人となり、慶長三年利直公に仕へ千石。花巻に住し、北松斎に従ひ番頭を務。岩崎没落(後)、岩崎城代となり岩崎に住居、寛永元年卒。嫡男柏山半太郎明定家督、寛永二年卒、無子。弟柏山平左衛門明信家督。江戸勤番、寛永四年卒、弐拾五歳。其男柏山兵蔵明通家督し、幼少多病。同四年十二月卒、無嗣没収断絶なり。伊勢守明助弟、柏山九郎兵衛明知は兄と同く花巻に来り。慶長五年一揆の為に討死。同弟柏山弥三郎明範、兄と同く利直公に仕へ百石給ふ。其男柏山仁左衛門明忠は寛永六年卒、無嗣没収断絶。依之柏山一家永く断絶。岩崎村(脱落)葬る。 一族并家臣御当家に召抱の人々 折居嘉兵衛明宗 柏山支族伊勢守と同く利直公に仕へ五十石.岩崎攻に功あり、岩崎住 人、万治二年、卒八十二歳。柏山の祭此家にて執行 折居三九郎明吉 嘉宗兵衛子 慶安八年八駄 折居嘉兵衛明次 三九郎子 折居某 柏葉甚兵衛常永 柏山支族 主家没落、慶長二年花巻に来り潜居し伊勢守に従ふ 柏葉安右衛門常行 甚兵衛子 重直公代新田五十石 柏葉長九郎常房 安右衛門子安右衛門 柏葉安右衛門常令 長九郎子 五十八石 三田将監義勝 柏山旧臣浪人 鬼柳住 三田玄蕃義則 将監子浪人 三田十郎左衛門義正 玄蕃子 重信公新田五十石与力 及川武蔵恒明 江刺臣下河原玄蕃子 奥南落穂集改題 |