24 税毛歴代鑑 乾坤 ぜいもうれきだいかがみ

著者 不明

【郷村並びに税制】

岩手県立図書館所蔵、新渡戸文庫 乾坤各二枚   県図新32一34

【史料の概要】

寛政十年から慶應元年に至る期間の各地代官所ごとの概歩を記載した一覧表形式の記録。乾は内題「豊年鑑」、文政六年から慶應元年まで。坤は内題「先年之概歩」、寛政二年から天保十年までを明示している。

【史料批判・雑感】

盛岡藩では藩政初期以来、年貢取立の際には、坪刈りによる検見制を採用し取り決めていた。しかし、検見が終わらなければ刈り入れができないこと、検見は長期におよび、後半にさしかかれば降雪に見回れるのが常であったとの伝もある。天和元年その非効率と、村方が役人接待に膨大な費用が嵩むことなどから、改善策を大義名分にして、過去七年間の平均値などを考慮に算出した歩付の決定がなされている。これを概歩と称した。高に概歩を乗算して、年貢の石数を算出する、いわゆる概歩制(仮に固定性概歩とする)の制定であった。凶作の場合は百姓願によって、従来通りの検見をしてもよいとする付則もあった。この概歩を算定した時の基礎数値は『御領分通分諸上納金銭雑記』(県図新三四│三七)に納められている。しかし、実施予定の初年度から凶作が続いて百姓願が続出、結果として実施に至らず立ち消えとなった経過がある。その後、宝暦年間の頃に至り、新概歩制が制定されている。毎年、特定の土地について坪刈りを実施、前年比、又は前々年比で当年の歩付を決定する方法である。仮に変動性概歩とする。廃藩時まで永続している。実態の一端を「雑書」安永八年七月二十八日条によれば、勘定頭は、まず気象概況にはじまり稲の作況を報告する。これを鑑とし、次のような上申書を認め伺書とする。
一、上田通、徳田伝法寺通、日詰長岡通、八幡通、安俵高木通、鬼柳通、雫石通、沢内通
右御代官所は明和七寅年歩之通
一、大迫通、大槌通、宮古通、野田通、沼宮内通、福岡通、三戸通、五戸通、田名部通、花輪通、毛馬内通
右御代官所は明和八卯年歩之通
一、飯岡厨川通、向中野見前通、寺林二子万丁目通、黒沢尻通
右御代官所御検見
右之通仰付けらる可きやの旨申出、伺之通り申渡す
『税毛歴代鑑』は、この内容を一覧表形式で明示した記録であり、在方にある年貢高帳や村割付取調帳など類書の分析に際しては必要不可欠の史料である。

【刊本】

なし
【著者・著書等】


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