こうした遊女ブローカーの存在について、神田由築氏は大阪から瀬戸内・九州といった広範な地域での専門的業者の存在を指摘している(「西国の親分」『「髪結新三」の歴史世界』朝日新聞社、1994年)。また、弘前藩では、安政?文久期(1854?64)に松前の口入屋と思われる業者と結託した藩士が近所の娘を騙して茶屋奉公や売女として斡旋した事例が報告されている(坂本寿夫「幕末弘前藩における経済諸資源の移動について」『青森県史研究』第三号、1999年)
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