渡辺氏の前掲論文によると、浅野の仕置軍の目的は、葛西・大崎両氏からの没収地と信直に与えた和賀・稗貫二郡を対象とした検地であったとし、大名権の確立が未熟な和・稗の地には浅野により検地が実施きれたが、南部氏が自分仕置権を与えられた糠部・鹿角・岩手・閉伊・紫波の五郡では検地が実施されなかった。そして、その五郡ではその後大名独自の政策で具体化されていったと説く。けだし、傾聴に値するものである。

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